行雲流水の如く

 梶浦直樹の日々雑感

青春時代の真ん中は。

五月七日(晴)

午後、また別の同級生と従兄弟が来訪する。同級生は、三年間部活で一緒だった。種目は陸上ホッケーという超がつくほどのマイナースポーツ。今はフィールドホッケーというのかな。女子陸上ホッケー日本代表の桜ジャパンで有名になった。その二つ上の部活の先輩が従兄弟である。我々が一年の時に三年だった。隣の北海高が強く長い間札商高はインターハイや国体には出場出来なかった。従兄弟も三年間負け続け、出場は叶わなかった。

それが我々が二年になると急に強くなり、二年連続でインターハイや国体に出場した。強くなると急にOBが来だす。その中にはオリンピック選手もいた。何故か私はそのオリンピック選手だったOBに見込まれてマンツーマンで鍛えられた。それがまた面倒で嫌だった。こちらはインターハイも国体も練習もしたくない。何しろ北海道では二校しかない陸上ホッケーは、その一校に勝てばインターハイに国体と北海道代表で出場出来る。

その北海道予選で試合前にメンバーを集め、絶対に点は入れないぞと話し合うのだから始末が悪い。ところが一人がキーパーと一対一になり間違いて点を入れてしまった。それが決勝点となり間違いて優勝してしまった。優勝したことがショックで試合終了後、点を入れた仲間は皆んなから何故点を入れたと責められた。こんな馬鹿なチームがあるだろうか。

それから仕方なく全国大会に向けての練習の日々となる。三年の時にもまたインターハイと国体の全道大会に間違いて勝ってしまった。嫌々インターハイは出場したが、遊びたさが勝ち、もうやってられねえと国体の全国大会の練習を毎日サボりにサボったら先生が怒りだし、もう辞めたとなった。まあこんな学生生活を送ってました。あれ、なんの話だったかな。

札幌の蔓延防止措置が今日決定した。それにしても人間が簡単に宇宙に飛び立てる時代に一年かかってもなおも収めることのできないコロナ。なんだかなー。札幌の飲食店の灯りが消えてゆく。昭和四十年代に流行ったいしだあゆみの街の灯がとてもきれいね横浜は今は消えているのだろうか。